歌舞伎の夕べ

編集のSさんから「農民歌舞伎の役者さんインタビュー言ってもらえませんか」と電話がきて、

星さんに会いに、スタットレスのレンタカー飛ばして桧枝岐村に行ったのは半年ほどまえだったと思う。

東京は早い夏日の到来したと聞いた。

桧枝岐村はまだまだ深い雪の中で、星さんがお勤めの役場の向かいの雪原には、

大きな青いビニールシートがかけてあった。

「夏になったらあのシート外して、雪の上でみんなでビール飲むの!あはは!」って笑っていらして、

ただそれだけでここはすごくいいところなんだなって思った。


農民歌舞伎は主に山深いところに根付いた文化で、

江戸時代に村の代表で伊勢参りなどに出たものが街でみた歌舞伎を、

村に持ち帰って自分たちが演じてみせたのがはじまりという。

今では中央の歌舞伎座にも現存しないような珍しい台本が、連綿と受け継がれて残っていたりもするとのこと。

(「つまんなかったから廃れただけ、田舎はほかに娯楽ないから残ってたの!」と星さん。)

村の中で役者も裏方もこなす。

道具類は古いもの珍しいもの新しいもの手作りのもの….すごい量。

文化財として価値のあるものも多く、みんな自前。

村の神社へ続く階段がそのまま円形劇場になっていて、神様に正対する形で舞殿と呼ばれる歌舞伎舞台がある。

茅葺。使われている柱がみんな太い。

舞殿の周りは雪かきがされていないから、ズブズブ足を踏み抜きながら見に行った。

客席の合間合間に立派な檜が生えている。

左袖から大きな山桜の枝がさしかかっていて、舞台に蓋をするようにしまわれている花道が、

本番でがばと開いたら、ちょうどその上に桜がくる格好。

年に数回行われるというその歌舞伎の上演に、いつかきっと来ようと思った。


村外の人にも公開する歌舞伎の夕べは毎年9月の第1土曜である。

強雨の予報は直前で覆った。半年ぶりの桧枝岐村、茅葺屋根の上には青草が繁っていた。

六時の開場、場内にいらした星さんが、さっと私の腕をとり、

「あそこか、あの上、そこがいいんじゃない?」

と撮影のポイントを指差してくださった。

銀座の歌舞伎座で歌舞伎を見るときは桟敷がこのうえなく、このうえなく好きなのだけど

(ビールが配達で届くしね!)、今夜は少し離れた上に行きたいと思っていた。

舞台の中も外も、上も下も感じられるとこがいいと思って。

舞台と観客、梢と夜空に月が同じ場所に存在していることが感じられる場所がいいと思って。

演目は絵本太功記、本能寺の段であった。

大きな座ではほとんどかかることのない演目とのことだったけれど、場面変わりのないために、

役者さんひとりひとりに心が寄り添う気持ちがした。

後ろでずっとおしゃべりしていたおばさまが、しのぶの自害する場面でうっと息をのんでいるのを感じた。

斜め前で写真を撮り続けていたおじさまも、舞台に釘付けになっていた。

途中、近くで川の音がしていることに気づく。どうりで誰もシャッター音を気にしないわけ。

翌日は東京で仕事のため、深夜に東北道をぶっ飛ばして帰った。5時間弱くらいかかった。高揚してたから、眠たくなかった。


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# by mixer_3 | 2017-09-03 18:27 | Comments(0)

谷戸の風

https://www.youtube.com/watch?v=xkFl7w120bs

おもに仕事だけど鎌倉にはときどき行くから、

好きな場所がいろいろある。

でも毎度必ず立ち寄るとこは決まっていて、

まずは岐れ路のとこのビゴのパンやさん(ドライブ前後のトイレとコーヒー調達のため、しかもP完備!)、

レンバイ、それから大町にある手芸店スワニー2階の古本屋さん。

ここからうちにきた尾崎士郎の相撲随筆、ヘッセの庭の本(押し花が挟んであった)、

山本容子さん挿絵のカポーティ短編のシリーズなんて何度開いても開くたびにため息がでる。

おしゃれなフリーペーパーなんかも置いてあるイマドキの古本屋さんなんだけど

なぜかいつもグッとくる本が「私でしょ?」って顔して置いてある。

それで大町には鎌倉のほかの町より少しだけ余分に、親しみを持っているかもしれない。


町の人の笑顔の写真を映像にたくさん使いたい、という話だけ

いちばん最初にとまそんさんから聞いていて、それが始まりだった。

簡単な絵コンテを描いて

「おおよそ、40組くらいのかたのお写真が撮れたら足りるかな~」って言ったら、

コータさんに「もしかして、撮ったのに使わない人が出るかもしれない?」って聞かれ、

「そうですね、多めに撮っておいたら安心ですね」

でも、撮って使わないの申し訳ないから多めに撮らないようにしよう。撮りすぎないように気をつけよう」っておっしゃって、普段商業写真でなんでも多めに、足りなくならないようにと写真を撮っている私は

このものすごく正しい、やさしい、誠実な言葉にじんとしてしまった。

だから撮らせてもらった写真は(カブリをのぞき)全部使った。


お祭りの実行委員のSさんには撮影のアテンドほかいろいろ大変お世話になった。

富くじ大会の直前、

会場後方に並んでカメラのセッティングをしているときにSさんが急に、

やしろ裏の森のざわざわ揺れているのを指差して、

「谷戸の風っていうんだよ、これ。」

とおっしゃって、

しばらくふたりで風を見ていた。

だんだん暮れてきて人がポツポツ集まりはじめる時間で、

それまでの慌ただしさから急に解放された気持ちがした。

こういう隙間の時間にみんなのなかを通っていく風みたいななにかを、

いったいなんと言い表したらいいの?それでこの風も映像の中に入れようって決めた。


まいばん、真っ暗に暮れ落ちた朝比奈の切り通しを通って東京に帰った。

通い慣れた道だけどこんな夜更けにここを辿るのは初めてだった。いつもと全然違って見えて、

何度も道を間違えたかと思った。



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# by mixer_3 | 2017-08-25 06:04 | Comments(0)

Kaleidoscope

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# by mixer_3 | 2017-06-13 10:57 | Comments(0)

かりんとうを買いに

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先日叔母が亡くなった。事故だったのでとても突然だった。まだ実感が湧かない。
帰省して祖母の家に親戚が集まるときにはよく、一緒に台所に立った。
叔母は器用でお刺身を上手に造って、盛り付けもすごく美しかった。
栄螺の身を出すのもお手の物だった。これはまるで真似できなかった。
もうひとつ真似できなかったのは、いつもニコニコしているところ。
うちの母も私も、台所仕事はさほど苦にならないたちだ。ただ叔母みたいにいつも楽しそうに仕事をするひとを他に知らない。
それでいて毒舌なとこもあって、そんな時はいたずらっぽい笑い方をよくしていた。
山口の女はそういうとこがある。

うちは女系家族で、揃いも揃ってみな体が大きい。(わたしのサイズで真ん中くらい。)
よそからお嫁にきた叔母は、私たちの中では一段と小さくほっそり見えた。
25年くらい前、初めてうちに叔父の婚約者として来たときには、
玄関に揃えられた靴がたいへん華奢で可愛らしくて、ほえー。となったものだった。
もし私が婚約者の家に挨拶に行くことがあれば、ああいう靴を買わなければといまも思う。

私は毎年、年末年始にお盆にと年3回程度実家の山口へ戻る。
そのたびに親戚や地元のお世話になっている方にちょっとした手土産を用意する。なにか東京らしい、珍しい、美味しいものを少しだけ。
この「ちょっとした」ってとこがなかなかに難しくて、時にはデパ地下を2周も3周もして、ヘトヘトになってしまう。
そんな中で数年来なんどもリピートしているのが銀座たちばなのかりんとう。
軽くさっくりしていて何個でも食べられる。いろんなものをお土産にしてきたけれど、
このかりんとうは
「未知さん、あれまた食べたい〜」
とリクエストがちょいちょいある。
有名店だが、銀座の資生堂の後ろのあたりにある小さいお店で、百貨店などにはおろしておらず、
ここでしか買えない。
昨日母からメールが来て、
「おばちゃん未知のかりんとう好物だったから、お供えにしたいから、送って」
ちょうど今日は、朝から銀座の梅林で撮影があったので、
終わり次第その足で行った。開店すぐの時間、もう4〜5人並んでいた。
後ろに並んだら、急に、叔母がもういないことがわかった。
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# by mixer_3 | 2017-03-18 14:05 | Comments(0)

#2

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# by mixer_3 | 2016-11-18 16:54 | Comments(0)